今日は酔八仙之術の5番目の仙人「何仙姑」の達人、

上村先生に来て頂きました。

上村先生は、酔拳世界チャンピオンのレノンリーさんの師匠であり、
なんとブルースリーの弟子の弟子なのです。
[youtube http://www.youtube.com/watch?v=wmar5MWj2z4]
これまた凄い偶然です。こんな巡り合わせは奇跡に近いです。
そして上村先生ご自身は「我成道」という道場をやられております。

我成道とは「我に成る道」
つまり自分としての道、

主体性を持って人生を生きなさいということを
武術のトレーニングを通じて学ぶことができます。

武学の教えは不教之教です。
これは教えない教え。即ち、答えは一切渡しません。
目的と得たい成果を明確にし、自らが答えを導き出すのです。

トレーニングシステムや先生は

そのためのガイドラインでしかありません。
そのことに気付き、修得した人はいずれ学んだもの全てが不用となるのです。

それ故に、武学は不用之用とも言われます。
つまり目的達成のための道具であると。

先生もトレーニングシステムも修得したら卒業。
いつまでもそれに固執せず新たな道を創り出すこと。

その為、武術には実は先生はいません。
先生はいますが先生は自分自身を先生だとは思っていません。

これはどういうことか?
つまり、練習をして一番学んでいるのは先生なのです。
先生が学ぶために練習をする。これが武術の練習形態なのです。

なので周りの人が上達しなければ先生も上達しません。
そのため自分がうまくなるためにも、弟子をうまくさせなければいけません。

しかしそれは答えを教えながらの指導のみでは成り立ちません。
基本が不教之教。つまり主体性を引き出すことが上達への近道になのです。

その為、口を開けて待っていても先生は何もくれません。
くれないというかそんな状態では何も受け取れないのです。

同じ部屋で同じことを教わっても受け取れる人とそうでない人が出てきます。
それが主体性の差です。
それをトレーニングして技を修得していく過程で身につけていくのです。

これは21世紀の教育に取り入れたいほど、物凄いものです。
これが基本となり主体性を身につける癖をつける教育が基本となれば、
擦り付け合いの依存ではなく、いい意味での相互依存が中心となるでしょう。

その為、上村先生は○○拳とかではなく道場の名前を我成道としています。

本日も表面上の技だけでなく、そこから学べる術理、本質を伝承して頂きました。

懇親会は先生特製のカレーです。

一口食べると「甘い!」と思いきや「辛い!!」

まろやかな風味にスパイスが封じ込められている魔法のカレーです。

練習と懇親会と、今日も最高の一日でした。